ジャック・デロシュの日記~隠されたホロコースト      ジャン・モラ

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心の琴線に触れる、という言い方をすれば、この本を読んだ後の衝撃がそれである。図書館の児童書の棚にあり、小中学生が誰でも手に取って読むことが出来る。感受性の強いこの時期に一度この本を読み、また大人になって読み返すのも良いかもしれない。

「わたし」~エマは、16歳の女の子で、ダイエットを繰り返している。~愛する祖父母の中に自分の両親に欠けているものを見つけ、自身の支えとしているが、ある日、祖母が夢でうなされている最中につぶやいた言葉に惹きつけられ、拒食症に蝕まれてゆく・・・祖母が亡くなり、遺品の中から「ジャック・デロシュの日記」を見つけたエマは、その本を隠し持って読み始める・・・

「嘘に塗り固められた人生」、「嘘を土台にして」作り上げられた人生。そういうものの代償は、人の生を破壊する、と心理学者のアリス・ミラーが著書の中で書いているが、それはその人自身でなければその子どもの生だと言う。エマは正面からこの「嘘」に向き合う。

ホロコーストは、日本には係わり合いのない歴史上の出来事なのだろうか。そういう理由にはいかない、と誰もが気づかされる。そして正面から向かい会いきれない「泣き寝入り」の土壌が、日本には根深くあるのではないかと考えさせられる。

エマのような態度を誰もがとれる訳ではないし、このように病理を本人がしっかり手の中に収められるためには、幾人かの「誠実な大人の存在」が不可欠である。嘘には「抵抗するべきだ」という本質。なによりも尊い自分という人格を守るために。この場合、命そのものにまで影響が及んで居るわけなので、事態は深刻である。同じような事例がアリス・ミラーの著書に出てくる。けして絵空事ではないのだ。

この本は海外の文学賞を14も受賞している。

 

ブルース・スプリングスティン

 

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スプリングティンを聞いてみようと思ったのは、92年、4年半ぶりに同時リリースした「ヒューマン・タッチ」と「ラッキー・タウン」というアルバムのことを紹介した雑誌のページを読んだ時だ。そのページの切抜きを今も持って居るのは、歌詞の一部が、レタリングされて掲載されており、その歌詞が、ひどく印象的だったから。

Should  we lose each other in the shadow of the evening trees l'll wait for you

And should I fall behind wait for me

Darlin'l'll  wait  for you

夜の木々の陰で 互いを見失うことがあったら

君を待っててあげる もし ぼくが遅れたら 待っててほしい

(イフ・アイ・シュッド・フォール・ビハインドより)

しかし、ダンシング・イン・ザ・ダークのスプリングスティンは、若々しく、気取ったところも無く生き生きとステップを踏んでいる。暗い狼の遠吠えのようなイメージが一気に払拭された。

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須賀敦子全集1~2     

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須賀敦子に出会ったのは7年前の冬のことだった。ホテルの一室で、大画面のテレビに映し出されたイタリアの風景。その時まで、「アッシジのフランチェスコ」も「聖人キアーラ」も「夕暮れには薔薇色に染まるイタリアの煉瓦の路」も「霧の中にそびえるドゥオモ」も「天井から円形の光が差し込むパンテオン」も、まったく知らなかった。勿論、その国で生きた作家須賀敦子のことも。

抑揚をおさえた原田知世のナレーションが、川のように流れていき、画面が変わる・・・息をするのも忘れるほど、この番組の衝撃がしんしんと身に染みた私だった。

時に「孤独を強いられているような」人生のある時期に、どれほど須賀敦子の本に、寄り添われ慰められてきたことかしれない。

全編、エッセイ形式なのでどこから読んでも良い。須賀の出会った「コルシア・デ・セルヴィ書店」の仲間や、イタリアに行くまでの心の葛藤などが丁寧に描かれている。わたしから見た、忘れられない人物は「カテイア」や「ガッテイ」だろう。須賀が、フランスの寄宿舎に居た頃のドイツ人のルームメイト「カティア」は、毎朝、部屋で食事を採る。黒パンを5ミリ厚さに切り、たっぷりのクリームチーズとトマトで食べるのだが、その食事を「あなたもどう?」と薦められて、須賀とカティアは親しく話すようになる。「イタリア語を習えば、新しい道が開けるような気がする」という須賀が「ドイツ語じゃあ駄目なの?」と言われ黙り込むくだりがある。軍国主義をくぐりぬけてきた日本と、その傷跡が生々しいあなたの国~ドイツにはまだとても行けない、と心で思う。

カティアは、イタリア中部の町、ペルージャに国立の大学があって世界中の学生が集まってイタリア語を学べるのだと教える。それから、週に3回、朝食の後1時間。須賀は、カティアから初歩的なイタリア語を学ぶことになる。報酬は、朝食のチーズやヨーグルトを買ってくることだった・・・「カテアの歩いた道」は2巻に収められている。

ガッティは、1巻に出てくる「コルシア書店」の翻訳仲間だ。ガッテイの人生が透き通った湖水をのぞいた時のように深く、遠く、しかし、ためらいがちな優しさでもって迫ってくる。自分のことよりも当然のことのように人を思いやる。このことを徹頭徹尾貫いたガツテイの人生を思うとき、静かな感動がある。ガッテイに会う為だけでも、この本を読む価値があると思う。

いっとき、「ジョルジュ・ムスタキ」にハマっていた須賀に「ムスタキは、歌詞はいいけど音楽は駄目だ」と言って「レナード・コーエン」を薦めてくれたと言うガッテイ。夫のペッピーノを失くした時、「睡眠薬なんかに頼らずに哀しみを全身で引き受けたほうがいい」と諭したガッテイ。

カトリック左翼の仲間たちの中で自由自在に観て聞いて、生きた須賀敦子の作品は、どっしりと厚く重く、硬筆な感じは否めない。しかし、彼女の友人、知人達が、霧の向こうで手を振っている。そして、星のように、一人ひとり自己紹介してくれる。こんな風なシンプルでストレートな人たちがかつて居たのだ、と気づかせてくれる。教会の圧力によって彼らの運動は鎮められて行くが、書店と、その活動(慈善運動など)は、いまだ残っていると聞いた。

今朝、久しぶりに「カテイアの朝食」を食べてみた。食パンとチーズとトマト。お腹持ちが良いのに、重過ぎない。須賀のイタリア行きをさりげなく手助けしたカテイアを思い、その後、ある学校の校長先生となったカテイアと須賀が、再会するシーンを思い浮かべる。そうだ、レナード・コーエンも聞いてみよう。

須賀敦子が亡くなっておよそ20年が経つ。彼女が日本の文学界に現れてエッセイ賞や女流文学賞などを取ってくれて、私は、心の中で鳴り止まない拍手を送ったひとりである。

ホテルから出ると、アーケード街の天井から、美しい粉雪みたいなギタアの音色が落ちてきた。確かにそれは、雪のように、天から降る音楽だった・・・・あの時の祝福は真実だったのだろうか、と、ふと辺りを見回してみる。2017年、6月のある日に。

 

 

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ピーター・フランプトン

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ピーター・フランプトンの印象的な曲を三曲。サビの部分が、覚えやすくて口ずさんでいた記憶があります。歳を経てのピーター・フランプトンも、落ち着いていてホットな感じが好きです。

 

ポール・マッカートニー&ウィングス

Jet

Live And Let Die

Lady Madonna

ビートルズの曲のなかには、わたしの知らない曲がたくさん在ったのだ、と気づく昨今。解散してからは、ジョン・レノンの曲しか聞いていなかった。なので、ここに来て、ポール・マッカートニーの作曲家魂みたいなものに触れた気がする。聞き覚えのある曲を三曲。レディ・マドンナはビートルズ時代の曲です。

チープ・トリック

 サレンダー

 

 

1974年結成、1977年デビュー。アメリカのロックバンド。現在も元気で活躍中らしいチープ・トリック。サレンダーを見つけて、すごく嬉しかった。ロビン・ザンダーが、王子様っぽくて、アイドル的なロック・グループでしたが、ずっと続けて居るのはすごい。サラリーマン風のドラマー、バン・E・カルロス、キャップを被ったちょっと中年風のリック・ニールセン、冷静沈着?に見えるトム・ピーターソン。このメンバーのギャップが、それまでのロックグループにはない、ユニークな雰囲気を醸し出しています。現在はドラムのバン・E・カルロスが、リック・ニールセンの息子さんにバトンタッチしているようですが、この動画では、彼がもうバッシバッシドラム叩いています。なぜか煙草を吸ってますが~エレカシだったら、ミヤジにマイク投げられてるかもしれない~とにかく、くわえ煙草のドラマーが、すごい目立ってて、勿論曲も良いし、ロビンのヴォーカルもカッコいい。

「Auf Wiedersehen」(アウフヴイーダーゼン)

i want you to want me

忘れがたいアルバム「天国の罠」から、「サレンダー」のほかにもう1曲「アウフヴィーダーゼン」を入れてみました。いろんな国のことばが少しづつ入っている唄で、日本語でも「サヨナラ」「ハラキリ」「カミカゼ」が入っています。「i want you to want me」は、「天国の罠」には入っていないのですが、リフレインが印象的です。ひとりひとりの個性がわかるフォト付き。

家霊      岡本かの子

幾つかの短編が収められている。この本に入っていない短編「川」が、実はすごく好きなのだが、ネットで検索すると「岡本かの子の川は、意味がわからない」という書き込みが多く、それはねえ・・・と説明しようとして、説明できない自分に気づく。「いえ、あのう・・わからないならそのままで・・・」と言い訳して消えたくなってしまう。

しかし、この「家霊」には、「川」は収まっていないので安心だ。言葉に窮することはない。

「家霊」の中では、「鮨」というお話が気に入っている。岡本かの子の短編は食に関するものが多いと聞くが、「鮨」もその中のひとつだろう。「福ずし」を経営する夫婦、その娘と常連客とのやり取りやその雰囲気が描かれるが、名前が出てくるのは客の「湊」と看板娘の「ともよ」だけである。湊は、初老の紳士だが、職業は不詳。「鮨」を食べている時の「湊」の独特の雰囲気に、不思議な違和感を覚える「ともよ」。

ある時、店の外で「湊」と出くわした「ともよ」は、そのことをつい口に出して尋ねてしまう。「先生は(湊は先生と呼ばれている)ほんとうに鮨がお好きなの?」それから「湊」の身の上話が始まるのである・・・

「鮨」を食べている時、「湊」はかなりぼんやりとしている様子で、遠くの景色を見つめている。現実のことが、目に入っていないような、乖離してしまっているような雰囲気なのだろう。

「いや、鮨はそれほど好きでもないんだが、年をとったせいか鮨を食べていると母親を思い出すのでねえ」というようなことを、「湊」は答えている。

話は変わるが、私は、ほぼ毎日、パンケーキを焼く。パンケーキミックスではなく、ホットケーキミックスをミルクやヨーグルトや卵を入れてぐるぐる掻きまわしただけのタネで、薄っぺらに焼くのだ。どうしてもバニラの匂いがないと嫌なのだが、さほど「美味しい」とは思わない。百均で買ったココナツパウダーをかけてみたり、かぼちゃのペーストを塗って食したりする。

安上がりなので、一度に数枚焼いて冷蔵庫に入れておいたりする・・・・私は、自分のこの行動がうまく説明できずにいたが、たぶん、「鮨」の「湊」とどこかが似て居るのだ。

食が細く滋養のあるものを食べられなかった幼い日の「湊」を生かしたのは、母親の手作りの「鮨」であった。家が潰れ、親兄弟も死に絶え、ただ独りだけ残った「湊」は、一生食べていくのにも困らない金も投機によって手にする・・・妻も病死している、この孤独な男は、ただ、「鮨」食べている時にのみ、思い出を現実に紛れ込ませて噛み砕き飲み込んで居るのだろうか。叔母はよくホットケーキやプリンなどのおやつを作ってくれたものだ。そしてそれは、母親が1度たりとも作ってくれなかった「おやつ」なのだった。

ホットケーキを食べている時、私もまた、自分を育ててくれた叔母のことを無意識のうちに心に刻み込んでいるのかもしれない。「湊」が母親の与えてくれた「命」を、まっとうに生きようとしているのと同じように、叔母が与えてくれた僅かな「愛情の糧」を、今日も私は、肉体に混ぜ込みたいのだろうか・・・などと分析してみる。

 

 

 

 

 

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